こっちは通行止め、あっちは通り抜け出来ません |
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2023年 08月 07日
この記事は7月2日(日)の出来音を書いたものです。 少し古いのですが、第3回はりまシーサイドライドの記事を優先したので 書き損ねていた記事になります。 但馬に住んでいた事のある私は ふるさとに帰るがごとく 時折、但馬を走りたくなるんですよね。 今回は道の駅あゆの里矢田川を拠点に 余部鉄橋で有名な余部、そして浜坂を経て湯村温泉から村岡町を走るルートを選択。 このルートは、但馬に住んでいた当時、 職場の仲間とサイクリングしたルートです。 その頃は、ロードバイクよりもMTBの方が人気があって 私だけがクロモリのロードバイクだったように記憶してます。 さて、矢田川沿いを日本海へ向けて北上。 先ずは香住に入ります。 うろ覚えの記憶を呼び覚ます様に 香住港周辺をウロウロ・・・ そう言えば、職場の同僚が 「イカ釣り船に乗らないか?」と漁師さんにリクルートされてたっけ・・・ 香住港で印象に残っていたのが遊覧船かすみ丸。 三姉妹船長の愛称で親しまれていたんですが 文字通り三姉妹の船長さんが観光客を案内していたんですね。 たぶん、若かりし頃は、その美貌で人気だったと思うんですが 人間歳をとりますからね。 もちろん、歳はとっても三姉妹は三姉妹なんですが 三姉妹おばさん?三姉妹お婆さん?となっていくじゃないですか。 当時、三姉妹船長、どうするのかなぁ・・・なんて思ってたら 三姉妹の内の誰だったか、子供が、やっぱり三姉妹で その三姉妹が二代目三姉妹船長を襲名したんです。 当時、三姉妹が三姉妹産んで その子たちが三姉妹の後を継ぐって凄いよね、なんて世間話してたんですよね。 現地に来ると、そんな事まで思い出しますね。 ところが、香住港を探しても遊覧船かすみ丸はありません。 調べてみると、2016年11月30日に営業を終了していました。 昔は霞観光の目玉だったのにねぇ~ なんか、寂しいです。 香住港にあったお爺さんが経営していた中華料理屋さんも無くなってました。 その中華料理屋、面白くてね。 元々そんなに客の多い店じゃなかったんですが そこへ、夏休みか何かで家族連れが、どっと入って来たんです。 「私、ラーメンと餃子、僕、天津飯、俺はチャーハンと唐揚げ、 じゃあ、私はホイコーロー定食、」てな感じで、みんな好きなものをいっぺんに注文したんです。 そしたら店主の爺さん、 「あ~っ、も~っ、全員ラーメンにして!」 って注文を全員ラーメンに強制しちゃったり・・・ まぁ、彼のキャパを越えていたんでしょうけど 田舎はそういうの有りなのかって笑えた記憶があります。 そういう大らかな時代だったのかもしれませんね。 さて、昔より小奇麗になった海岸を後に 幾つか坂を越えると余部鉄橋で有名に余部に到着。 今はコンクリート橋になっていますが 昔は美しい鉄橋だったんですよ。 その美しさは、銀河鉄道999を連想させるほどだったんです。 ホントにあの鉄橋は 日本海の景色に溶け込んで情緒がありました。 でも、少し風が強いと、よく列車が止まったんです。 その理由は、余部鉄橋列車転落事故があったからだと思われます。 昭和61年(1986年)12月28日日曜日午後1時25分頃 鉄橋を通過中の香住発浜坂行き回送列車が日本海からの突風にあおられ、 機関車と客車の台車の一部を残して7両が転落、真下にあった水産加工場や民家を直撃。 客車内に居た車掌1名と加工場の従業員5名の計6名が死亡。 客車内に居た日本食堂の従業員1名と加工場内の従業員5名、計6名が重症を負いました。 もちろん、当時、私は高校3年で、まだ但馬に住んでいませんでしたが テレビなどが盛んに報道され、その悲惨な事故に衝撃を受けました。 今は供養のため聖観世音菩薩が建てられています。 そして、橋の下にある道の駅あまるべは、観光名所として多くの観光客を集めています。 私は道の駅内のお食事コーナーで昼食を済ませると 何気なく観光案内地図を眺めました。 すると、衝撃に事実が判明! 「注意、現在通行止め? 何それ?」 調べてみると、地滑りの為、全面通行止めになっているではありませんか。 代替路として山陰近畿自動車道があるんですが 125㏄以下の車両は走れません。 自転車は通行不可! 「仕方ないなぁ・・・三尾に抜けるか・・・」 この場面で、すぐに別ルートが思い浮かぶのは昔取った杵柄ですね。 余部から御崎を経て三尾へ抜けるルートは道は狭いですが風光明媚。 確か、平家の落人伝説があったはず。 坂が増えて少々時間はかかりますが それはそれで面白いなと思いました。 私は意を決して 三尾へ向かい道へ進みます。 すると・・・ 「通り抜け出来ません」の看板が! なんと!落石で通り抜け出来ない会案内が出ているではありませんか! 但馬時代の同僚にLINEすると 「チーン、終わった」のコメント。 マジですかぁああああああああああ! せっかく但馬に来たのに このまま終わってしまうのでしょうかぁああああああああ! ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。 このブログは、にほんブログ村ロードバイク部門ランキングに参加しています 下のバナーをクリックして人気投票していただけると嬉しいです。 ポチはどれでもひとつでいいですよ。 読んだら忘れずポチしてね。
by a-elf
| 2023-08-07 23:20
| ファンライド
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