淳ママさんの偉業 |
会場前に出迎えてくれた長女のAちゃんに声を掛けます。

「今まで感謝の気持ちを伝えられなくて・・・
いい機会になりました」
淳ママさんの子供たち3人が主催した
子育て30周年イベント。
いかに淳ママさんが偉大な母であったかを讃える展示イベントなのです。
自閉症という重度の障害を持って生まれた淳くんの成長を
母として淳ママさん目線で語る記述を中心に、展示されています。

その一方で、展示物に涙する人々も見られます。

医師から自閉症の診断を受けた。
我が子でありながら
意思疎通出来ない。
我が子でありながら
どう向き合えば良いのか
分からない。
小さい小さい体で
必死に何かを捜す淳くんに
何もしてやれない。
そんな暗闇を彷徨っていた時、
一筋の光が差し込んでくるのです。
「淳が描いた絵を見て、今、淳と私、笑ってる」
絵を通しての意思疎通が始まりました。
この日が、絵描きやJUNのスタートだったと言って過言ではありません。
その後、立ちはだかる地元小学校入学への壁。
「指示が通らないのに受け入れられない。
事故があった時、どうするのか?」
淳ママさんは六年間、小学校へ通い続ける事で
障害への理解を深め
同級生との絆を育むアシストをしました。
その結果、中学に進学時、
他の小学校から進学してきた生徒の揶揄(からか)いから淳くんを守ったのは
同じ小学校から進学してきた淳くんの同級生たちだったのです。
参加できなかった体育祭。
中学2年は応援旗で参加しました。
そして、中学3年は
応援旗とリレーで参加。
短い距離しか走れない淳くんため
その分、走れる生徒が長い距離を走ります。
更に伴走者もクラスメイトが務めました。
当時の淳くんの絵日記には
「ドーナツになってヤァーした」
(円陣を組んで掛け声を上げた)と記されています。
クラスメイト一人一人の名前が書かれた応援旗は宝物ですね。

障害への理解を深め差別を防ぎました。
そして、同級生との絆を深め
地域全体を淳くんの応援団にしたのです。
私達、自転車乗りが淳くんの応援団に加わったのは今から8年前。
淳くんの二十歳の作品展から。
やがて、自転車に興味を持った淳くんが奇跡を起こしましす。
自転車に乗る事など家族でさえ不可能だと思っていました。
しかし、2年の歳月をかけて練習。
2020年1月12日、臨時漕会の新年会サイクリングでの出来事。
新舞子観光駐車場で
淳くんを先頭に20台の自転車が
ぐるぐると円を描いたのです。
人間関係は結局はギブアンドテイク。
障害者だからといって
受け取るばかりではありません。
淳くんの持って生まれた個性が
今、多くの人々に喜びと幸せを与えているではありませんか。
その力の原動力は
紛れもなくあなた、淳ママさんなのです。
帰り際、私は淳ママさんに
あなたは大変な偉業を成し遂げた凄い人なのだと伝えました。
案の定、彼女は、そんな事はないと言います。
私は同意を求める様に次女のSちゃんに話しかけました。
「お母さんのこと、凄い人やと思ってるから
こんなん、やろうって思ったんやんね」
するとSちゃんは少し不満げに答えました。
「そう、私ら、ホンマに凄いと思ってるのに
お母さん、すぐ否定する」
実母を褒めたたえる事も
我が子に褒めたたえられる事も
恥ずかしいのでしょうか。
私には、その恥ずかしさは無いのでハッキリ言ましょう。
私もあなたの生き方に影響を受けた一人です。
これから自己紹介する時は、
「幸せを見つける天才 Mrs.Olive です。」って言おっと(〃ω〃)
最初で最後のファンミーティングでしたが、
もしかしたら、うちの子じゃない誰かが
第二回のファンミーティングを開催してくれるかもしれないので
Olive 頑張ります(^_^)v
JUN ママさんのコメントからは「誰か,第2回のファンミーティングしてくれはらへんかな~」とコギコギさんの方を向いて言っている様子が目に浮かびますね。そのときは,ぼくも駆けつけます。



