平福で語られた老齢の御仁の夢 |
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2022年 08月 24日
西はりまローディーサミット(第2回はりまシーサイドライド)
参加者募集! この記事は7月10日(日)の出来事を書いたものです。 近畿地方の梅雨明けは6月28日だったのだけれど それって間違って発表したんじゃないの?って思うくらい 梅雨みたいな天気だったんですよね。 だから、前もってのお誘いじゃなく突然のお誘い。 今回は、なべさんとちゅうさんをお誘いしました。 行先は・・・ またもや佐用町は平福です。 風鈴まつりが始まったから光明寺に行こうと思いました。 それと・・・ 実は、この前、 ちゅうさんと二人で平福に行った時、 立ち寄った和菓子屋さんの斜め向かいに気になるカフェを見つけたんです。 「農村カフェ」という看板と 偉く立派な古民家が印象に残っていました。 そこでお昼を頂こうと思ったんですよね。 国道373号線をトレインを組んで北上。 川端風景を望める小道を経て 因幡街道を走ります。 家々に屋号の表札が掲げられた宿場町をゆっくりと進みました。 目当ての農村カフェはすぐに見つかりましたが ロードバイクを置くところが見つかりません。 どうしたものかとウロウロしていたら 赤いTシャツに黒のカウボーイハットを被った老齢の御仁に声を掛けられました。 「どこから来られましたか?」 「相生からです」 「ほほう、なら40~50㎞くらいかな? それを自転車で? 君たち、凄いなぁ~」 「そうですね。 おじさんは、ボランティアガイドか何かをされているんですか?」 赤いTシャツに「因幡街道」とか「平福宿」とか「大原宿」とか「智頭宿」とか そういう文字がプリントされていたので、てっきりボランティアガイドだと思ったんですよね。 その事を彼に伝えると 彼は笑みを浮かべながら 「ああ、これは学生につくってもらったんだよ」とおっしゃったんです。 「学生?」 「実は、私は、あそこの者なんだが・・・ 地域振興文化研究所というのをやってる」 なんと、彼が指さしたのは 私達が気になっていた「農村カフェ」ではありませんか。 確かに「農村カフェ」と書かれた燈籠とは別に 古びた木製の板に横書きで 「地域振興文化研究所」と書いてありました。 「ここで地域振興をされているんですか?」 彼は、肯定するでもなく、否定するでもなく 話を続けました。 「大学をね、創りたいと思ってる。 教育が何より大切。 ちゃんとした歴史を教えて、法を学ばせる・・・」 「だ、だいがく? 凄いですね。 でも、ちゃんとした歴史を学ばなきゃならないのは分かる気がします」 私が、そう答えると 続きは中で話そうじゃないかという意味も込めて 自転車は斜め向かいの観光駐車場へ置くように勧められました。 彼に招き入れられるように重厚な門をくぐると 日本庭園の後ろに邸宅と呼ぶに相応しい日本家屋が見えました。 開け放された廊下から直接座敷に上がらせてもらい 汗を気にしながら座布団に座ります。 彼も私達と同じ様に座敷机を囲みました。 すると、奥から奥様が現れて冷たい水を並べながら 注文を取ります。 「お昼を食べるなら、 今日は、なすびの煮びたしとか フライものなんかしか無いけどいいですか?」 まるで、普通の家に遊びに行ったみたい。 どうやら、メニューは豊富でないらしい。 奥様が台所へ消えると 外での話の続きが始まりました。 彼の話によると かつて、日本は農業国だったのだと・・・ やがて、工業国、科学国へと変遷し経済大国と呼ばれるようになりました。 経済が発展する一方で 地域社会では「継承」に着手しなかったため 若者たちは都会に憧れ、どんどん流れていきました。 その結果、地方の高齢化、過疎化が進み 家族社会、農業社会が根底から崩れてしまったというのです。 「私はね、14歳で、ちゃんと、将来、何になりたいか どんな職業に就きたいか、そういう目標を持たせるべきだと考えとる」 私としては14歳というのは少々早すぎる気もしましたが 私の同級生の中で、確かにそのくらいの年齢で 美容師になりたいとか、看護師になりたいとか、CAになりたいとか そういう友達(なぜか皆、女の子)が居て、確かに大成してるんですよね。 「どうやって、生きていくかを教えるには ちゃんとした歴史(地域の歴史も含む)と法律を教えなきゃならん」 私は、彼の話を、うんうんと頷きながら聞き入っていました。 「私はね、こういう佐用みたいな山間地にこそ大学を創りたい。 どういう大学かっていうとね、学生に起業させるところまでやる」 立て板に水で話し続ける彼の主張を要約すると 確か、6年制っていってたかな、 とにかく、地域で学生に起業させるような仕組みを持った大学を創る事で 若者の定住と地域活性化を実現するのだそうです。 「そんな大学を創る夢をお持ちだなんて素晴らしい! 凄いですよね」 彼の御年を考えると 思われているような大学を創立して その効果が現れるのを見る事は、恐らく、厳しいのだと思います。 でも、その種をまく事は出来る・・・ そんなお気持ちなのかなと察しました。 彼自身、元から佐用町に住んでいたのではなく 大庄屋だったこの古民家に移住してきたのだそうです。 そして、この建物を住居にするだけではなくて 地域振興に関わる様々な活動に活用されているんですね。 「実は私も、自転車での地域振興にと 行政からお声が掛かって、そういう活動をしたことがあるんですが・・・ なかなか厳しい経験でした」 私が自分の体験を彼に打ち明けると 彼もまた、地域振興について、行政からお声が掛かり 行政と関わったご経験がお有りで、大変な思いをされたようでした。 詳しくは書けませんが、 そっくり同じようなパターンでしたね。 だから、もう、話が合う!合う! どこも同じなんだなぁ~と思いました。 恐らく彼は、現役時代、それなりに社会的地位も収入もある方だったのでしょう。 そして、これまで生きて来た経験が土台となって今の生活となっている事は 想像に難くないですよね。 彼の「今」の活動は、金銭的な収入を得るものでは無いと思うんですよ。 それよりも、精神的な収入を得ていると思うんですよね。 金銭的が収入が大切なのは言うまでもありません。 しかし私は、精神的な収入を得られるような老後を過ごしたいと思いましたね。 ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。 このブログは、にほんブログ村ロードバイク部門ランキングに参加しています。 下のバナーをクリックして人気投票していただけると嬉しいです。 ポチはどれでもひとつでいいですよ。 読んだら忘れずポチしてね。
by a-elf
| 2022-08-24 23:37
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