目標100歳100km4時間台 |
そんな事を思った事はありませんか。
私の周りには幸いなことに私よりも年上で私よりも速い人が沢山います。
少なくとも諸先輩方の年齢までは自転車に乗り続ける事が出来るんだと希望が持てます。
私が知る限り、世界で最も高齢のサイクリストは
2012年9月28日、100キロを4時間17分27秒で走破したフランス人男性、
ロベール・マルシャンさん(当時100歳)です。
ロイターによれば、この記録は世界記録だそうで
ちなみに平均速度は、時速23.305キロだったそうです。
100歳で100kmを4時間台は一つの目標になりそうです。
この目標を達成するには少なくとも100歳まで生きている事が前提になります。
しかし、日本人の平均寿命は現在83歳で20年以上、世界一を維持しているそうです。
更に2100年には日本人の平均寿命は94歳まで伸びるという予想もありますから
近い将来、100歳という年齢も珍しい事では無くなってくるかもしれません。
最近では、80歳で3度目のエベレスト登頂に成功した
プロスキーヤーの三浦雄一郎さんのニュースが記憶に新しいところです。
老人達が元気な事は私達を勇気づけてくれますね。
ただ、華々しい世界から自分の身のまわりへ目を向ければ
老化という敵は、それほど生易しいものではなく
容赦なく、それこそ慈悲のかけらもないくらい
私達の体をむしばんで行きます。
私は母親が35歳、父親が38歳の時の子供です。
現在45歳の私の同級生の中では
私の両親はかなり高齢の部類になりますね。
両親を見ていると彼らの一年と私の一年は違うことがよくわかります。
歳を追うごとに出来なくなる事が増えていくのです。
例えば、赤ちゃんは加速度的に出来る事が増えていきます。
目が見えるようになり、ハイハイが出来るようになって
やがて立って歩く事が出来たかと思うと
もう走ったりしている。
年老いていくと赤ちゃんと逆の現象が起こるんです。
昨日まで出来ていた事が今日から出来なくなる・・・
歯が抜ける・・・
腕が上がらなくなる・・・
何かに捉まらないと立ち上がれなくなる・・・
そんなことの連続が年老いていくという事なのかもしれません。
去年一年間は2つ出来なくなった・・・
今年一年間は4つ出来なくなった・・・
赤ちゃんの1年は成長の速度が早くて私達と違う一年ですが
私の両親は赤ちゃんとは逆の意味で私とは違う一年なのです。
私の父の腕が上がらなくなって
もう大分経つのですが
病院に連れていった時のお医者さんの言葉が印象的でした。
「お父さんは肩の筋肉が切れてしまっていますね。
手術してつなげる事も出来ますが
また切れる可能性が高いです。
もう筋肉が濡れたワラの様になってしまっているんですね。
だから、このまま腕が上がらない事に慣れていくという選択肢もあるのです」
腕の筋肉もそうなら心臓の血管もそんな感じだし
体のアリとあらゆるところが濡れたワラ状態です。
老いるとは壊れていくという事と同義なのでしょうか?
私は5月12日の夕方、御津町から揖保川町へダウン走をしていました。
夕日に照らされて、少し影が長い。
湿度は低く雲の少ない空が広がっていました。
主要道から集落内の道に入った時、
歳の頃なら80歳前後のママチャリに乗ったお爺さんに呼び止められました。
「たつの市揖保川町はどこですか?」
「?」
「たつの市揖保川町はここですよ」
最初の会話で私は大方の事を感じとっていました。
この道の迷い方は見当障害・・・認知症の中核症状かもしれない。
「たつの市揖保川町は姫路の方やで」
「姫路はあっちのほうですよ。
ここが、たつの市揖保川町です」
彼は少し混乱しているように見えました。
「たつの市揖保川町は揖保川沿いやで」
「だから、今、揖保川町だから、もう少し先に行けば揖保川が見えますよ」
彼はホントかなという表情をしていました。
どうも私の言う事を信じられないらしい。
「お爺さん、国道2号線は解る?」
「国道2号線は解る」
「じゃあ国道2号線まで案内するから一緒について来て」
国道2号線まで連れていって
それでも自分がどこにいるのか解らないようだったら警察に連絡しようと思いました。
ここから少しだけ、お爺さんとサイクリングする事になりました。
回復走よりも更に遅いスピードで走ります。
後ろからついて来るお爺さんは時折周りを見回すような素振りをするから
私から千切れてしまうんです。
その度に減速して後ろを振り返ります。
私が待っているのを見るとお爺さんは立ち漕ぎで加速する。
でも遅いんですよ。
立ち漕ぎでも・・・
「お爺さん、これが揖保川やで!」
恐らくは私なんかよりもこの辺の地理に詳しい筈なんですよ。
でも彼の頭の中では
この揖保川の流れを見ても
まだ自分が何処を走っているのか解らないのです。
「あれが山陽新幹線やで」
「・・・・」
ほんの数キロ・・・お爺さんが千切れては私が後ろを振り返り
するとお爺さんが、また立ち漕ぎで加速する。
そんな繰り返しでした。
「お爺さん、これが国道2号線やで!」
「思い出した!
ありがとう!」
国道2号線まで出て、やっと認識できたようです。
揖保川に架かる橋まで来ると
彼は進路を東に向けて走り始めました。
自分がどこに向かうのか、はっきり自信を持って理解しているようでした。
ペダリングがしっかりと、幾分足早になっていました。
夕日が彼の背中を照らしていました。
彼は一体、何時間道に迷い続けたんだろう・・・
ママチャリに乗ってペダルを漕いで
ふと気が付くと見知らぬ街に来てしまった様に思える。
今自分が何処にいるのか
この道はどこに続くにか
全く認識できない自分がいる。
自分が、どこかおかしい事は彼も実は解っているのだと思う。
解っているからこそ余計不安な表情になるのです。
老いて行くという事は
壊れて行くというのと同義なのでしょうか?
どこか悲しみと背中合わせ・・・
自分はいつまでロードバイクに乗り続ける事が出来るんだろう・・・
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
100歳で100km4時間台を目指して
日々、アンチエイジングに努めたいと思います。
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私の母もアルツハイマーで亡くなりました。息子を息子と認識できないようになりました。
いろいろなものが壊れていくけれど,何が残るのか。その人を,その人たらしめるものとは何か ── そんなことを考えさせられます。
自転車を漕いでいるときは,少なくともオレはオレだ! そんな歳のとり方もいいなぁと思います。
明るい老後は足腰から!と1年半前に自転車を始め、60才になったら 少しずつ身のまわりを片付け シンプルに暮らそう…と思っていましたが、いざ という時に 母の痴呆が始まってしまいました。
介護と言える程の事はしていませんが、正に 自分との闘いの様に思います。
いずれ 行く道…とは言え 自分自身の年齢を考えると つい 気持ちに焦りが出てしまいますね。疲れてくると ストレスを真面に受けてしまいます! ストレスの無い人なんて居ないでしょうから、いかに上手く回避 解消して 生きるか…。
これが、アンチエイジングの秘けつなんでしょうかね〜?
「泣くがいやさに 笑ってござる」
無理してでも笑ってると、体内治癒能力がアップするって ホントかな? (^_−)
一度の人生 大切にしたいですね!
以前からブログを愛読させていただいている中年女性ローディーです。
私の亡くなった父も認知症があり、何度か自転車に乗って行ったまま帰りが遅くなったことがありました。
車で探しまわったり、警察に相談に行ったり、たいへん心配したと同時に、そんな父の行動が理解できないでいました。
でもコギコギさんの記事を読んで、その時の父もこのお爺さんみたいに好き好んで遠くに行ったのではなく、わからなくなってさまよってたのかな〜って、今さらですが少し父のことを知ることができたようでうれしかったです。
父もコギコギさんのような親切なかたにずいぶん助けていただきました。そういう家族を代表してお礼申し上げたいと思い初コメントさせていただきました。
楽しく読ませて頂いています。
50歳目前にアンチエイジングとダイエットへの焦燥から2ヶ月前に一念発起してロードバイクに乗り始めたチョー新米です(--;)
私の母は脊髄小脳変性症なる奇病を患い、瀬戸内の因島に入院しております。毎月、名古屋から入院介護に通ってまいすが、最近は病気に老いが重なり 、意志疎通も儘ならない状態が加速しているような(T0T)老いと不治の病はどぅにもなりませんが、とにかく頻繁に顔を見せに行こうと自転車積んで月参してます・・・しまなみ海道もありますから(笑)
この種の事は最近よく考えるようになりました。自分はローディーの中では決して年寄りではないのかもしれませんし、自分より年上の人たちがレースでも大活躍しているのは勇気を与えてくれます。
とはいえ20〜30代の頃に比べて何かと焦りは感じてしまいます。でも自分の場合この焦りがいろいろな行動を起こす原動力になっているような気がします。若い頃は「まあ、来年でもいいか」などと考える事も多々ありましたが、今は事情が許せば即行動ですね。
でも焦り過ぎて事故等起こさないよう、家庭崩壊を招かないよう気をつけたいと思います。
幸い現在は家族が比較的安定した状態にあります。しかし、これを当たり前と思わず毎日に感謝しないといけませんね。
私の親戚のおばさんもアルツハイマーになり急激に衰えていきました。レジで小銭が出せなくなる、テレビがつけれなくなる、歩けなくなる…と2年もたたないうちにみるみるうちに悪化して亡くなりましが、本人も症状の初期頃には出来ないことに悔しがっていました。
何もできなかったことが残念でした。
こうやって年を取っても何かをできるってゆうことはいいですね。
100歳100km4時間。私も行けるかなー?行きたいなー。
壮大なようで、意外といけちゃうものなのかもしれませんね。
ウン百キロの長距離を走れてしまったように。
さて、高齢者の話。読んでいて少し泣きそうになりました。
私の祖父母もたつの市に住んでいて、祖父は認知症で徘徊するようになり、数年前に別の病気で旅立ちました。
ちょうど、ブログの写真にある揖保川沿いは、昔から祖父と歩いた道でして、記事の内容と合わせて、いろいろ思い出しました。
こんなことを書くのは縁起でもないですが、次は(私の)親の番だし、その先は私や妻、その次は・・・、そう考えると、今ここに一緒にいる人たちとの時間を大切にしなければいけませんね。
初めてなのに身の上話まで書いて失礼しました。
初めて会った日は同じような走力だったのに、一年後ストイックに頑張るおばさんと、ただダラダラ走ってた私には大きな差ができてました
体力の衰えを遅らせることはできると信じてますが、認知症などの老化にはどうすればいいのでしょう?
仕事していても1日何度も同じ道を走ってると「ん?次はどこに行くんだっけ?」と一瞬焦るときがあり…それも老化の第一歩なんじゃ…と
不安になります
心も身体も若くいられるようにいたいものです
だいぶお姉さんの私ですが その自覚が足らないのが 問題です( ; ; ) 自分の力以上の事をしようとして 身体を壊してしまっては 何もならないから…とコギコギ師匠に 教えて頂いたり、地元のメンバーに助けられたりしての1年でした。
努力した事に 全て結果がついて来れば良いのですが 中々そうも行きませんf^_^;) でも、少なくとも後退はしないだろう!と思う事にしています(^_−)−☆
先の不安は 誰より感じてますよ~f^_^;) でも、どうなるか分からない事に神経をすり減らすのは損だなぁ…と 自分に言い聞かせている今日この頃です。40を過ぎると あっという間に年月が経ちますよ!(^_−)−☆
誰もが老いていく・・・
だからこそ、今が大切なのかもしれません。
ロードバイクに乗って
ただ前を見て疾走感に浸っている
その瞬間が大切なのかもしれませんね。
おばさんの置かれた状況が少し頭をよぎりました。
老いていくに従って誰かの世話にならなければならない事は
いたしかたない事なのですが
解ってはいても、お互いストレスを感じるのは確かです。
血がつながっている分、遠慮も無くなりますし
割り切れない部分も大きいですからね。
スッキリした答えなんて見つからないですね。
無くなったお父様にKINTA8さんの気持ちが伝わった様に感じました。
認知症を発症する前のお父様を知っているからこそ
自転車に乗って道に迷ってしまうお父様を
理解しがたかったのかもしれません。
それはやはり家族ゆえの事・・・
私にわざわざお礼のコメントを下さってありがとうございます。
お父様もきっと喜んでおられる事でしょう。
それを明るく趣味のロードバイクに結び付けているところが素晴らしいです。
「しまなみ海道を走れるじゃないか!」と思える事で
お母様にもより一層優しく出来るんでしょうね。
若い人がリアルに老いや死を見る事が少なくなってきています。
おばさんの姿がつくぽんさんに何かを感じさせたはず。
その気持ちがつくぽんさんには財産になる事でしょう。
老いはその人の意志でも
その人が悪いからでもなくやってきます。
対処する方法は無いんですよね。
皺くれてごつごつした父の手を引いて上げようと思いました。
祖父さまと一緒に歩いた道で私はお爺さんとサイクリングしたわけです。
縁起でもないかもしれませんが
順番通りに逝ける事は、いいのかもしれませんよ。
老いの事を考えると今を大切にと思いますよね。
私も同居の母(84歳)が居ります。数年前までは心身ともに非常に健康で、一人で四国高松から神戸や大阪まで当たり前のようにバスや電車を乗り継いで行っていました。このまま100歳くらいまで大丈夫やろうと笑っていたのですが、2年前から少しずつ物忘れがひどくなり、この1~2か月で急速に進行してきました。今までできた事ができなくなってゆく・・・。でも、悲観的になってもしょうがないので、「今できる事をできる内にさせてあげよう」と思っています。これには家族のサポートが必要不可欠なんです。家族で楽しみながらやっていきたいと思います。
私のように50歳を過ぎてから自転車に乗り始めた人は、アンチエイジングがきっかけになっているのが殆んどだと思いますが、すごく楽しいです。いろいろと時間の制約もありますが、何とかやり繰りして無理せず続けていきたいです。まずは80歳をめざしましょう。
中高年が最も多い感じはしていたんですが・・・
その親の世代となると
高齢化社会のド真ん中へ突き進んでいる感じですよね。
家族で少しでも楽しめる形で
お母様に何かをプレゼント出来ればいいですね。
我々中高年ライダーは
いつまでも走り続ける事が出来るように精進しましょう!