思わぬ所でノスタルジックな木造校舎に出会う |
土曜日は但馬でバレーの練習で宿泊。
今日はHN氏の朝練にご一緒したかったのですが、物理的に間に合わないため
今日も昼から一人で自転車に乗りました。
久崎に滝があるらしいから見に行こう。
シーズン中の練習はミドルトレーニングが中心。
本当はAT値付近の心拍でトレーニングするのが効果的らしいんですが
この猛暑です。
きつい練習は、ついつい避けてしまいます。
コースは久しぶりに新宮から久崎に向かうコース。
新宮からは東風に乗って順調に進みましたが
どうも空模様があやしい。
最近は、午後から乗ると夕立の危険性を考えなくてはなりません。
久崎まで行かずに三日月からテクノに登り相生に帰ることにしました。
滝の代わりに何か見るものはないかなぁ・・・
折角だから、江戸時代の陣屋の建築遺構を見に行こうと
県道154号線を北上しました。
目印は「味わいの里三日月」
新鮮野菜や地元の田舎料理が楽しめるそうです。
今回はそこは通過。
更に北上します。
左手に神社が見えた時です。
なんだか古そうな建物が一瞬見えました。
すぐに引き返して確かめに行きます。
こういった小回りの利くところが自転車のいいところ。
車なら気付かずに行ってしまうでしょうし、
気付いたとしてもUターン出来る場所を見つけなければならず
しかも駐車出来る場所も見つけなければなりません。
道路から坂を登り少し高い場所にそれはありました。
小学校の木造校舎です。

なぜだか分かりませんが無性に懐かしく思えました。
校舎にはちょっとした装飾も施されています。

当時としても大した装飾ではないんでしょうが
こういった、ちょっとした装飾があるおかげで、
この校舎に対してより愛着が湧くと思います。
建築当時の、大人たちの子供たちに対する思いでしょうか。
角度を変えて校舎を眺めてみます。

ただ残念なことに、この木造校舎は大切に扱われているとはいえないようです。割れた窓ガラスにはガラスの代わりにビニールが貼られていました。
壊れた流し台が置かれていたり、空き缶の入った袋が放置されていたりしています。
中を覗いてみると教室の壁が取り払われて柔道場として畳がひかれていました。
少子化の今でも柔道場として子供たちが使っているのでしょうか?

由来記
当記念館は旧三日月藩校広業館の建物の一部を移して改築したものである。
広業館は寛政七年(1795)五代目藩主森快温公の命により乃井野に建てられ初代の館長は深沢君山(薫)であった。盛時には生徒数文学部武芸部合わせて五百八十名に達し多くの人材を輩出したが明治初年廃藩置県により広業館は日此に移転し名を改めて広業尋常高等小学校となり更に近時町村合併により三日月小学校と改名し三方里山の中腹に移転新築して今日に至った。
今般各方面の熱意により旧広業館の建物の一部を当地列祖神社の境内に移し永くその史蹟と伝統を保存することとなった。
この記念館の建設により三日月町の文化の興隆と体育の振興に大いに貢献することを祈念して止まない。
以上
昭和五十五年四月
竹田直〇(てへんにつかんむりに共)
立派な歴史があるようですね。
実は私も木造の小学校の出身でして・・・
私の小学校はもっと大きくて立派な建物でしたが取り壊されて今はありません。
せっかく保存したんなら、もっときれいにして有効活用すればいいのに・・・
走行距離…58.45km
時間…2:31:41
平均速度…23.1km
最高速度…63.0km
積算距離…10114.7km
消費㌍…1290kcal
補給食…516kcal
心拍…Avg.74%(131)Max.96%(171)
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
自転車って気になればすぐに確かめに行けます。
今回はラッキーでした。
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僕も高校1、2年生のとき、木造校舎で勉学に励んでいました・・・いや励んでいません、嘘をついてしまいました(^^;)
木造校舎の高校に通っていたのは本当で、素朴で趣のある校舎でした。
3年生になると新築した鉄筋校舎へ移動しましたけど、a-elfさんの記事を見て、僕も懐かしさがこみ上げてきました。
残暑厳しいものの、自転車でいろいろと走って見識を広めているなんて素晴らしいです!
こーだーまーわくう
人間ってのは、もともと自然素材が合ってるのかもしれません。
だから懐かしく感じるのかな。
自転車でいろいろ走って見識を広めているなんて
褒めすぎ、褒めすぎ。
たまたま見かけた珍しい建物に引き寄せられただけです。

