復活アワイチ |
天国から地獄へ落ちるのに時間は一瞬で事足りる。
夏の初めのある日。
それはhiroさんの身に起こった。
走り慣れた下り。
ドライとウェットが入り交じったコンディション。
その頃、彼は速くなる方法を構築して
そして実際にどんどん速くなっていた。
今日よりも速い明日の自分へ確実に近づきつつある自信・・・
だからその瞳は希望に満ち溢れキラキラと輝いていた。
人は上昇している時に最も幸福を感じるのかもしれない。
しかし、次の瞬間、ウェットの下りコーナーでタイヤを滑らせる。
ガードレールに激突した彼は一瞬のうちに多くのものを失ってしまったのだ。
背骨が折れた。
手首が有らぬ方向に折れた。
膝の皮膚がえぐれた。
彼が速く走るために積み上げた全てが脆くも崩れ去ってしまったのだ。
その時、強烈な痛みにうめき声をあげながら彼は思った。
「果たして僕は再び自転車に乗る事が出来るのだろうか?」
真っ暗な何も無い空間にひとり取り残された様な不安。
彼にとって自転車に乗れなくなるということは
鳥が空を飛べなくなる事に等しい。
人力で地上を移動する乗り物の中で最速。
そのロードバイクの走行感は地上を飛ぶ感覚に近い。
鳥の羽ばたきが
我々にとってペダルを漕ぐ事に当たる。
そして彼にとってのロードバイクは、
ただ単に地上を速く移動するだけでは無かった。
現実の束縛から飛び立って心の自由を手に入れる翼でもあったのだ。
翼をもぎ取られて
地上に打ち捨てられた鳥が
再び大空を飛ぶまでに
どれ程心の自由を犠牲にしなければならなかっただろう。
衰える自分の体力とは裏腹に
仲間はトレーニングによって
どんどん翼を大きくしていった。
焦りが無かったと言えば嘘になる。
生まれたての赤ん坊が歩き始める過程を辿る様に
彼はリハビリを続けた。
回せなかったシフターが徐々に回せる様になる。
回せなかったペダルが徐々に回せる様になる。
マイナスからのスタート・・・
せめてゼロまで戻って欲しい・・・
やがて遂に彼が再び地上を飛べる日がやってきた。
要した時間は実に4ヶ月。
完全に元通りとはいかないが
再びロードバイクに乗れるようになったのだ。
その事を祝って
彼の後輩達がサイクリングを企画した。
淡路島一周、通称アワイチである。
臨時漕会にとってアワイチは単なるアワイチではない。
各地からこの島に集まって共に走ってきた歴史がある。
速く走るための情報交換の場でもあったし
お互いを刺激し合う場でもあった。
そして仲間と一緒に走る素晴らしさを感じる場でもあった。
臨時漕会というチームは
この島に育てられたと言っても過言ではないだろう。
だから我々は、いつしかこの島をホームコースと思う様になっていった。
だから我々メンバーにとって
「アワイチ」という言葉は特別な響きをもって聞こえるのだ。
このhiroさん復活のアワイチに
参加したメンバーは10名にものぼる。
過去最多の人数だった。
駐車場でロードバイクにもたれ掛かるhiroさんの姿が朝日に眩しい。
いや、眩しいのは朝日のせいだけでは無いだろう。
hiroさんの復活を待ち望んでいた我々の心が
彼の姿を輝かせて見せたのかもしれない。
主催者のセーテンさんが挨拶のあと
hiroさんに準備していた自転車お守りを手渡した。
「今日は絶対落車しないようにな!」
私がそう言ったあと
いよいよ臨時漕会のアワイチが始まったのである。
今までのアワイチと同じに
臨時漕会列車が編成された。
今までのアワイチと違うのは人数が多くて2本も編成された事だ。
hiroさんも臨時漕会列車の一部となる。
メンバーに共有された空気の塊が空間を移動し始める。
やがて現実の束縛から飛び立つのに充分な巡航速度に達した瞬間、
hiroさんが叫んだ。
「たっ、のしぃ~!」
時折、先頭を交代して進む。
ONIさんとhiroさんの軽口の叩き合いも落車前と同じに始まった。
安全走行のため全員で声を掛け合うのもいつもの通り。
臨時漕会のメンバー達は
群れに戻ってきた鳥を迎え入れて
嬉々として羽ばたいているように見えた。
彼が生きていて良かったと思う。
そして彼が再び臨時漕会列車に加われて良かったと思う。
彼は落車の悪夢の中で
無事に家へ帰る事の大切さを思い知らされたに違いない。
そして復活して加わった臨時漕会列車の中で
仲間との絆を確かめられたに違いない。
この日、丸臨列車は淡路島を吹き抜ける一陣の風になった。
時間…5:29:25
平均速度…28.60km/h
最高速度…60.34km/h
平均CAD…81
積算距離…44214km
消費㌍…3174kcal
補給食…###kcal
心拍…Ave.144 Max.174
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hiroさん! おかえりなさい!*\(^o^)/*
一瞬で命さえ失ってしまう事がありますから・・・
今回の落車の件ですが
確かに失うものが多かったと思います。
しかし、長い人生から見れば
今回の落車の経験がhiroさんの人間形成において
なにかプラスになるものを与えてくれたのではないかとも思うんですよね。
どん底を見たことで
彼なら何かを掴み取っていくと期待してます。